【Quiet Letters #1】 時の鐘の音

恩賜公園の空気を
遠くから押すように響く。

低く、乾いた音が
夕方の終わりを知らせる。

時の音を待っていた 茜色の空は
ゆっくりと形を変え始める。

熱を手放した赤みがかった空色は
縁からそっと影を滲ませ
石と土に残る昼の匂いを
吐ききれずにいる。

幾千の夜露を超えて
鳴り続ける鐘の音は
見上げるほどに

静かな空へ 余韻までも連れて行く。

赤を手放す空

カツ
カツ
カツ――

硬く乾いた足音が、廊下の奥から届く。
音が近づくたび、胸の内側に薄い膜が張る。
次の一歩まで、その膜はほどけない。
足が床に着く瞬間、わずかに圧が抜ける。

繰り返す一定のリズムが、音を大きくさせる。

喉の奥が、いつのまにか静かになる。
唾を飲み込む動きが止まり、
空気が通り道だけが、細く残る。

音は耳で聞いているはずなのに
通過するのは、喉の奥。




茜色は、もう赤とは呼べない。
朱を経て、紫がかった藍へ。

視界を落す藍色は
夜の気配を 足元に忍ばせる。

変化に歩調を合わせるように
静かに足音が近づいてくる。

カツ、
カツ、
カツ――

三つの音

子供の声が、風に乗って届いてくる。
「おかえりー」
明るく、屈託のない声。


不忍池のほとりから聞こえる
上野の山を駆け下りてくる
夜露を超えて鐘に重なり、響く声。




時の鐘が鳴る。
足音が響く。
子供が笑う。

三つの音が
一瞬だけ 同じ時空に混じった。

夜露を超えて

茜色がほどける空には、
最初の星が瞬き始める。
夜の匂いを連れてきて。

廊下の足音が、扉の前で止まる。


消えたはず鐘の音は
今日も、夜露を超えて行く。


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