宇多田ヒカルの『First Love』
キッチンに立ったまま
手を止めてしまう記憶のスイッチだ。
ふと我に返り
出しっぱなしを水を止める。
町中で流れていたメロディ。
思わず歌ってしまうサビ。
イントロが流れた瞬間
ブワッと感情がよみがえる。
あなたにも
そんな記憶は ありませんか?
映像に音が重なった瞬間
物語を観ているはずなのに
いつの間にか
自分の過去まで巻き戻している。
この没入感こそが、『First Love 初恋』
『記憶』という感情は、等倍でしか取り戻せない。
過去と現在が交互に描かれる
この物語の中心にあるのは
二人が離れて過ごす「二十年」
あまりにも長い空白
効率を重んじる世界の価値観では
取り戻せない時間であり
とんでもなく 遠回りな人生に見える。
その空白を否定しないまま
長い余白があったからこそ
生まれるリズムを
丁寧に
丁寧に
再生していく。
過去の也英と現在の也英
過去の並木と現在の並木
二人は同じ場所に
時を経ても立ち尽くす。
遠回りした人生を
再会の瞬間に
ゆっくりとした歩幅を落とす。
お互いを想うあまりの
他人のような距離感
画面を支配する、圧倒的な「青」の正体

徹底して使われる「青」
北海道の空も
夜明け前の街も
制服も
すべてを「青」で、映している。
まるで、記憶を
「青」の世界に閉じ込めたように。
Netflixという
プラットフォームだからこそ
ここまで、妥協なく
作り込めた贅沢な映像美がある。
セリフは少ないのに
なぜか気持ちが
伝わってくる北海道の風景
作品に波打つ静かな波紋
二十年という時間の重さ
也英を演じる 満島ひかり と
並木を演じる 佐藤健 も
言葉にならない「間合い」で
存在している。
視線が交差しても
すぐに言葉にはならない。
ほんの一瞬
躊躇するような沈黙
画面を支配する「青」の波紋が
時間の重さを引き寄せる。
早送りすると、なぜか自分の気持ちだけが取り残される。

記憶を失った也英が
少しずつ、かつての感覚を
取り戻していく過程は
あまりにもゆっくりで
けれど、その遅さが
記憶は、倍速では
戻ってこないことを実感させる。
等倍でしか
触れ直すことが
できないものばかりだから。
ナポリタンを前にした戸惑い
懐かしい景色に対する
微妙な違和感
身体が覚えている
不思議な感覚
心を追いかける
見えない時間
失われた二十年ではなく
あらかじめ用意されていた
「必然」
だったのかもと、思わせる。
エンドロールが終わっても

映画館で観ているように
エンドロールが止んでも
しばらく席を立てなかった。
等倍の時間は、
ドラマを観るためではなく
自分の「忘れ物」を取り戻すために
必要だったのかもしれないと
ため息をついてみる。
急がなくても、
取り戻さなくても、
もう一度だけ
等倍の時間に戻りたくなる夜がある。
置いてけぼりの孤独な夜にも
そっと寄り添ってくれる
『First Love 初恋』
もし、あなたの心のなかに
あえて
触れずにいる「空白」があるのなら
今夜は
等倍の魔法に会いに行こう。
「あなたには、取り戻したい瞬間はありますか?」
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